気になったこと。

雑誌Wink upのトムさんの連載。冗談でも誰かのこと「はやく病気になったらいいですね」なんていうべきじゃないと思う。発言の意図がわからない。こういう事言う人なのか。トムさん、何考えているんだろう。この雑誌の読者層がいかに若く、影響されやすいお年頃にある人たちなのか、相談の内容を見れば明らかだろうに。うーん、よくないと思うぞ。

日記のタイトルと関連して、KinKi二人の時の捉え方

本当は、今日付けの日記のタイトルを、この日記ページのタイトルにしようかなとも思ってました。何となく、私の中でKinKiさんは二つの「塔」の様な存在なんですよね。真直ぐに立ってるから、どっから見ても平行なはずなのに、どこか歪んで交わってる。そういうイメージでこういうタイトルを考えてました。「塔」は私にとって、「孤独」の象徴でもあります。
でも基本的に二人とも真直ぐな人達ですよね。ゆったりしているし。そういう所が見ていて安心できるし、ファン歴長い人が多いっていうのも、頷けるなあ。でも同時に刹那的でもある人達ですね。

剛さんは常に終わりを意識して生きてる人。「終わる」とか「死ぬ」とか言うことに、あまりマイナスのイメージの無い人じゃないかと思う。むしろプラスとしている様でさえある。先日の雑誌明星で、まあ雑誌なんでどこまで正確な発言かは知る術が無いけれど「どんな風に生きて、どんな風に死ぬのかばかり考えていた」というようなことを言ってましたね。小学生の子供の頃にそんなこと考えるなんて、なんて早熟なんだろうと私は感心しましたけど、多分彼は生きること=死ぬことっていうのが本質的に分かってるんでしょうね。「いい感じに生きて、『ああ、あの人ええ人やったね』って言われて、いい感じに死ねたら」みたいなこと言ってたときもあったけど、やっぱりこの人は終わりがあることに意味があると思ってる様なフシがある。「いい感じに死ぬ」という言葉がそれを何より、表している。
ジャパンウォーカーの箱根二人旅で、いつまでKinKiでいるか・いられるか、と語る二人がいましたけど、彼の言った「時代が決めることだ」っていう答えは、本当にまさにその通りだと思うし、私たちファンが漠然と抱いている『終わり』のイメージがより濃厚になるような、それでいて希薄になっていくような、不思議な感動を覚えた台詞でした。だって、時代なんて誰にも読めないもんね。一体どこの誰がセカンド・チャンスの頃の剛さんを見て、今の彼の姿を正確に想像出来よう。堂本剛が不規則な食欲に流れるように、時代も不規則に歪んでくんだね。


逆に光一くんって、『一瞬 or 永遠』みたいな、不思議な理想の持ち方をしているなぁ、といつも思う。彼の考え方は非常に現実的ではあるけれど、「一瞬一瞬を頑張る、一日一日出し切る」っていうモチベーションの高め方は、非常に刹那的で、終わっていく瞬間を考えない、むしろ考えたくないと思っているのでは、とこちらに思わせるほどに、人生を「短い目」で見ている。ShockのDVDで、舞台装置が壊されてく様をモニターで見ながら、「あー・・・もうなくなっちゃった」なんて言ってる彼を見てると、何だかこっちまでミョーに切なくなって、「また次があるよ!!光ちゃん!!!」なんて、おばさんみたいに励ましたくなる。
でもこの世の中に「永遠」なんて無いんだよねぇ。
彼もそれだけは誰より良く知ってる筈。


彼らの時間間隔の捉え方、というか『区切りのつけ方』の違いは非常に興味深い。ロマンチストの剛さんはより相対的な、リアリストのはずの光一くんはより絶対的なものの見方をしているように思えるからである。そういうった彼らの根本的な価値観というものは、多分一生変わらないものだと思うから、それらに触れた時、私は心から「あー二人って正反対なんだね」って思ってしまう。


最後に付け加えると、私の意見は、どちらが悪いというのでもどちらが良いというのでも無いです。どちらかには『近いかな』、というのはあるけれど。